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NISEKO CHRONICLE BY MYSELF

 

俺的ニセコクロニクル

 

 

2001年の2月末。大学ですかさず入ったスノーボードサークルの2度目のツアーが、初めてのニセコだった。
当時20歳。若さゆえすっかり普通に滑れているつもりだったけど、今考えてみると滑走経験は10日程度。
完全な初心者だ。たしか木の葉滑りくらいは卒業してたと思うけど、、普通なんて全く遠い、そんなレベル。

 

なにしろ、スノーボードさえ持ってなかったから、ニセコにあわせて親戚の兄ちゃんに頼んで譲り受けた。
ニセコに行くって言ったら、その兄ちゃんはえらく羨ましがっていた記憶がある。
あっさり譲って貰った板がBURTONのBALANCEだったことと、板に貼ってあったFOUR SQUAREの

ステッカーの価値がわかるのは翌年以降だったけど、タダで譲ってくれた板のチョイスから考えると、

親戚の兄ちゃんもリアルにニセコを羨ましがってくれてたんだろう。ナイスだぜ兄ちゃん。

 

初めて自分のボードを携えて、意気揚々と乗り込んだ初のニセコ。
今となっては初めての場所でも事前にインターネットで予備学習くらいしておくのが当たり前の所作だけど、
当時はまだインターネットで先に調べておくってことはほとんどやらない時代だった。
全くの予備知識無し。ゲレンデマップを取り、あまりにデカいゲレンデのスケールにマジで驚きながら、

初めてニセコのリフト、センターフォーに乗り込んだ。

 

なんだこの長いリフトは!!どこまで上るんだ!!そしてなにより、寒すぎる!!!

 

初のニセコは真っ白で視界がほとんど取れないくらいに吹雪いていて、
こんなにも寒いなんて信じられない!と思ったのがニセコでの最も古い記憶。

とにかく寒すぎてこんなんじゃ滑れたもんじゃないと確信した自分は、
センターフォーを降りてすぐ、1本も滑ることなくレストハウスに直行。

なにか防寒できるものはないかと物色し、そこで初めてネックウォーマーというモノを知ったのだ。
2月のニセコにて首元をさらしたまま突っ込んだ俺。信じられないほどの無知だった。

 

凍りついた温度計を横目に、凍る寸前だった自分の首元は買ったばかりのネックウォーマーでなんとか復活し、
もうひとつ上までフード付きリフトを乗り継いで、いよいよ初めてのニセコへドロップ。
猛吹雪で視界絶不調。それもそのはず、激安で買ったシングルレンズのゴーグルは滑る前から曇りきっていた。

 

ゴーグルを指で拭いて、少しだけ視界を取り戻してあたりを見ると、先頭の先輩はすでに動いていた。
そしてすぐに膝まで埋まって止まっていながらも、自分らに向かって手招きしている。
なにココ、コースじゃないじゃん。木もちらほら生えているし、地形もうねっているように見える。

 

こここ、ココを滑るのか!!!!

 

とにかく興奮した。そしてもちろん、埋まりまくって全く滑れなかった。
なんだコレは!!!全然滑れないじゃん!!!

驚くべきことに自分は、その日まで全く、コース脇にある新雪が溜まっていても(要は端パウ)、

それを滑る対象として認識していなかったのだ。

 

そんなレベルの人間が、初のニセコでパウダーデビュー。しかもデビュー戦は猛吹雪、全面一面パウダー。
そのうえその日から4日間、雪はひたすら降り続け、朝イチからナイターまで、ずっとパウダー。

多少なりと滑れる先輩はいつの間にかどこかに消え、残った大学1年生チーム3人(全員滑走歴10日以下)で、
永遠に続くパウダーとの格闘を続け、転んでは埋まり、埋まってはバインを外し、体を掘り起こし、
また埋まり、また転び、ゴーグルは曇り、息はあがり汗はびっしょり、それでもまた埋まり、堀り、、

 

でも不思議とパウダーが嫌になるということはなく、むしろノートラックを狙うという行為を自然と覚え、
やがて後ろに乗ってノーズを上げて滑れば転ばずに滑れるということも自然と体で覚え、
ターンもままならないからひたすら直っかり気味で滑っては小さなギャップ(誰かが埋まった跡地)で飛ばされ、
パウダーに突き刺さってはまた大穴を開け、それでもそれを繰り返して、
上手くなったというよりも偶然の産物にて、初めてパウダー着地したときは、その年一番の興奮だった。

 

これが初めてのニセコの記憶。


それから18年たって、色々といい雪いい斜面を滑ってきたけど、この記憶に勝る衝撃はほとんど無い。

このときの体験が、自分にパウダー、フリーライディングの楽しさを教えてくれたことは言うまでも無く、

この年から学生が終わるまでの間は当然毎年行き続け、卒業してからも折をみつけてはニセコに行っている。
そしてもちろんこれからもそれは続くだろう。目的はずっと変わらず、このときと同じ体験をしたいだけ。

 

CHRONICLE(年代記)とはまさに見事な表現で、こんな自分でも、ニセコでの体験は、
自分史の中で燦然と輝くような大きな記憶として刻まれているし、話し出したらきりが無い。

ただの素人の他愛もない回想談だけど、gentemstickやsobutbrandが走り出した直後の、
最高に熱かった時代のニセコで起きた、クソみたいなアナザーストーリー。
でもニセコってそういう場所なんだと思う。誰にでも、何かが始まる場所。

 

夜寝る前に軽く読んだら、興奮しちゃって全然寝付けず、これを書いている秋の夜更け。冬は近い。

 

 

 





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